スラヴォイ・ジジェクがイギリスEU離脱について語る!

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brexitphoto by Andy Miah

スロベニアの哲学者、スラヴォイ・ジジェクが「イギリスのEU離脱」について語っています。

いろいろとググってみたのですが、どこにも日本語訳がのっていなかったので、また頑張って自分で翻訳してみました・・。

以下、ニューズウィーク誌の記事の翻訳
「COULD BREXIT BREATHE NEW LIFE INTO LEFT-WING POLITICS?」
です!

「イギリスのEU離脱は左派に新たな息吹を吹き込むか?」

フロイトは晩年にある有名な問いを残しました。

「女性はいったい何を求めているのか?」

彼は女性のセクシュアリティに直面したとき「困惑」を覚えたことを認めています。

これとよく似た「困惑」が今日見受けられます。

イギリスの離脱の決定がなされた今、ヨーロッパはいったい何を求めているのでしょうか?

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今回のイギリス国民投票の真の問題点はどういうところにあるのでしょうか。それは大きな歴史的文脈と照らし合わせると明らかになります。

現在西ヨーロッパ・東ヨーロッパでは、大きな「政治の再編成」の兆しが現れています。

最近まで、ヨーロッパの政治的空間は大きく分けて二つの陣営に支配されていました。

右派陣営(キリスト教民主派・リベラル保守派・ポピュリスト)と、左派陣営(社会主義派・社会民主派)です。それ以外にも、もっと小さな陣営(エコロジスト・ネオファシスト)なども存在します。

近年では、ある陣営が目だって浮上しています。その陣営は、グローバル資本主義を支持する側に立っていて、「中絶の権利」「同性愛者の権利」「宗教的・民族的マイノリティの権利」などに比較的寛容です。

一方、この陣営に対向するのは、移民に強く反対するポピュリスト陣営です。ポピュリスト陣営の周辺には人種差別的なネオ・ファシスト集団も存在します。

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ポーランドは良い一例といえます。

旧共産主義者がいなくなったあとにおけるポーランドの主な派閥として、”反イデオロギー的”な「中道リベラル派」があります(元総理大臣で現在欧州理事会の会長の「ドナルド・トゥスク」が代表的な人物です)

また、カジンスキ兄弟の「キリスト教保守派」も代表的な派閥です(この双子の兄弟のうち一人は2005年~2010年にポーランドの大統領を務めて、もう片方は2006年~2007年に首相を務めました)

今日のラジカル・センターとしての政治勢力は「保守」と「リベラル」という二つの派閥に占められています。

これらの派閥は、かつてのイデオロギーに染まった古い亡霊のような派閥を退けて「ポスト・イデオロギー」の派閥として勢力を伸ばすことに成功しました。

90年代初頭は保守派が優勢に見えた時代でしたが、その後リベラル左派が巻き返して逆転しました。そして今現在、主導権は再び保守派の元に戻りつつあります。

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「反移民を掲げるポピュリズム」によって、政治に再び激情が吹きこまつつあります。それは「敵対感情」ともいうべきものです。

そして左派の中にはある種の混乱の兆しがあります。それは、この動きが主に右派側からアプローチされているという点にあります。

左派の人々は「フランス国民戦線の穏健派、マリーヌ・ル・ペンにできたことが我々にできない訳がない!」とばかりに、右派に対して「国民国家の団結」や「愛国感情」に訴えかけた説得を繰り広げています。

左派自身にとっては、これはなんとも滑稽なことに思えることでしょう。

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ヨーロッパは今悪循環の中にいます。EUの支配(Brussels technocracy)を中心に揺れ動きながら、その慣性から逃れることができません。

この慣性に対して、「右派のポピュリスト集団」たちは反感を抱き、そして一部の「急進派の新左翼集団」たちも反感を抱いています。

イギリスのEU離脱の動きは、この抵抗運動の延長線上にあります。このことが、今回の騒動の大きな間違いのうちの一つだといえます。

イギリスのEU離脱を決めた人々の、その奇妙な顔ぶれを見てみてください。右翼的愛国主義者やポピュリストや民族主義者、そして怒れる労働者階級の人々などがいます。彼らは移民たちに感情を煽られた人々だといえます。

このような「愛国的差別主義者」の怒りと「労働者階級の人々」の怒りがない混ぜになった場所は、新しいファシズムが育つ理想的な場所になる可能性はないでしょうか?

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激情に突き動かされたイギリスの国民投票がもたらしたものに、我々は惑わされてはいけません。しばしばこうした大きな決定によって、本当の問題が見失われてしまうことがあります。

例えば「TTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)」の問題があります。このような貿易協定に対してどういう取り組みをするべきでしょうか?TTIPには国民の主権を揺るがす大きなリスクがあります。

また、大きな環境災害や、経済ショックが起きないように社会をコントロールする施策を考えることも重要です。これらは新たな貧困や移民を生みだすリスクがあります。

イギリスのEU離脱は、これらの問題への取り組みに深刻な後退を与える可能性があります。イギリスにとっては移民問題が特に重要な要素であったのでしょうが、我々にとってはそのことを心に留め置いておくだけで十分です。

今回のイギリスの離脱騒動は「イデオロギー」がいまだに我々の社会に息づいているということの、究極の証拠を示していると言えるでしょう(ここでいうイデオロギーとは、古き良きマルクス主義の「虚偽意識」という意味においてです)

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スターリンが台頭した1920年代後半、かつての政局は大変悪いものでした。当時の人々は、左派と右派のどちらを選ぶのかと訊かれたら「両方とも最悪だ!」と答えたと思います。

今回のイギリスの人々も同じ心境だったのではないでしょうか。

「残留」が最悪なのは、EUの支配下にとどまり続けて一緒に没落していくことを意味するからです。そして「離脱」が最悪なのは、その先になんら望ましい未来が待ち受けていないからです。

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国民投票の少し前、メディアで興味深い(そして胡散臭い)考えが流通していました。

「結果がどちらに転んでもEUは今のままではいられない!彼らは大きなダメージを受けることになる!」という主張です。

しかし現実はその逆です。EUはたいして何も変わりはしません。変わることといえば、ヨーロッパを繋ぎ止める慣性が無視できなくなるほど、より強くなることくらいです。

EUは再び加盟国同士で長く無駄な交渉を繰り返すことでしょう。そして、実現不可能な長期的な政策プランを共有して、互いに固く結びつこうとするのです。このことがイギリス離脱に反対する人たちに見えていなかったのでしょうか?

今回の結果にショックを受けた彼らは「イギリス離脱」に票を投じた人々を不合理だと非難します。それは「離脱」によって明らかになったこと、すなわち本当は自分たちも絶望的なほどに変化を求めていたことを、あえて無視しようとしている態度のようにも見えます。

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イギリスの離脱がもたらした混乱は、ヨーロッパだけに限定されるものではありません。

この混乱は、我々の社会の「民主的合意を調達する方法」が危機に陥る、長いプロセスの始まりを意味しています。そして「政治」と「民衆の怒り」との間のギャップが、増々広がっていくことも意味しています。

「民衆の怒り」は、アメリカでトランプやサンダースのような存在を生み出しています。

現在カオスの兆しは世界中に現れています。最近アメリカ議会では、銃規制を訴えて民主党の議員が座り込みの抗議を行ったそうですが、これもカオスの兆しなのでしょうか?

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毛沢東の古い言葉を思い出してみましょう。

「世の中の全ての出来事は純然たるカオスです。この状況こそが素晴らしい。」

危機的場面では、幻想に囚われずにしっかりと事に望むことが重要です。そしてこの場面をうまく利用できれば、チャンスに変わることもあります。危機的場面は危険で痛みを伴うものです。しかし、この場所で我々は戦いを繰り広げて勝利しなくてはなりません。

今我々を混乱させているものを利用して、世界をよりよい変革に導く方法はないのでしょうか。EUをめぐる悪循環を断ち切り、ポピュリズムから脱却する方法、こういったものが求められています。

現在我々の対立軸となる課題は「下り坂のEU支配」と「激情に駆られた国家主義的ポピュリズム」の間にはありません。

本当に対立すべき課題は「EUをめぐる悪循環」と「新たな汎ヨーロッパ統合の形」との間にあります。

新たな汎ヨーロッパの形を模索することは、現在我々人類が、我々の人間性が直面している様々な問題への挑戦になることでしょう。

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今ヨーロッパでは、イギリス離脱派の勝利に呼応して、EUからの様々な脱出口を模索する動きが高まっています。

この状況に対してなにか解決策が必要だと思いますが、いったいチャンスをつかむのは誰なのでしょうか?

残念ながら左翼陣営は、決してチャンスを逃すことなく、それが故に「チャンスを逃すチャンス」さえも手に入れてしまうことで有名です。

この状況で左翼陣営はいったい何をなすべきなのでしょうか?


参考サイト・参考文献:
参考「COULD BREXIT BREATHE NEW LIFE INTO LEFT-WING POLITICS?」, NewsWeek(2016)

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