まとめサイトは何をまとめているのか!?

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matomephoto by photographerpandora

最近よく思うんですけど、まとめサイトっていったい何を「まとめ」ているんでしょうか・・!?

普通に考えると、おそらくこういう説明の仕方になると思います・・。

まとめサイトがまとめているものは、ネット上に存在している「情報」。「2ch」や「ツイッター」や「ブログ」などに書いてある無数の情報をパクって・・いや、引用をして、分かりやすく整理された形で、人々に提供しているというものです。

しかし、最近私は気づき始めたんですが、まとめサイトがまとめているものというのは、そんな生やさしいものではないんじゃないでしょうか・・!?

まとめサイトの役割って、単に「情報」をまとめて並べ立てているだけではなくて、明らかにそれ以上のことをしているんじゃないでしょうか・・!?

物事には「レアール(=現実的・物理的)」な側面と、「イデアール(=理念的・象徴的)」な側面というものがあります。人々にただ情報を分かりやすく整理しているということは、まとめサイトの「レアール」な側面にすぎません。

まとめサイトの本当の恐ろしさというのは「レアール」な側ではなくて、むしろ「イデアール」な側にあるんじゃないかと、私は思うんですよね・・!

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私は炎上事件を観察してるときに、ある感覚を覚えることがあります。

それは「炎上前」から「炎上中」に移るとき、明らかに人々の発言に「スイッチが入ったな!」と思える瞬間があるということです。

基本的に炎上が起きる直前というのは、人々は「みんなバラバラ」に意見を発信している状態なんです。人々は自分が思った意見を、ただ各々ツイッターなどで「無自覚」につぶやいてるだけの状態なんです。

でも、ひとたび炎上が発生すると事態は変わります。人々は自分の発言が炎上に寄与することを意識しだして「自覚的」に発言をするようになります。そして発言内容も、なんだかネット特有のなんだか集団思考めいた感じになるんです。

事件が炎上する過程には、明らかに「炎上前」と「炎上中」の、二つの異なる状態があると思います。その状態はまるで物体が相転移するかのように、ある瞬間「カシャ」と切り替わるんです。

二つの状態を切り替える「炎上スイッチ」、その切り替え役をしているものはいったいなんなんでしょうか?

その役目は往々にして「まとめサイト」が果たしていることが多いんです・・。

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この「炎上スイッチ」の正体は、いったい何物なんでしょうか、もっと詳しく考察しましょう・・。

以前私はブログで「ゲシュタルト・スイッチ」の話を紹介しました。クルクル回転するバレリーナの錯視画像が、あるとき逆回転に切り替わる不思議な瞬間のことです。

ずばり「炎上スイッチ」も、基本的にこれと同じ原理のものだと思われます。「ある見え方」が「違う見え方」になるように、ゲシュタルトが再構成される瞬間なんです。

今まで烏合の衆のように散らばっていた無関係な発言たちが、「炎上」というゲシュタルトで括りあげられ、そこに意味が与えられる現象なんです(この場合は個人主観のゲシュタルトではなくて共同主観のゲシュタルトということになります・・)

私は哲学者のラカンが好きなので、もっとラカンっぽい感じに言いましょう。

それはバラバラに存在していて意味を与えられなかった諸概念が、「クッションの綴じ目」によって象徴的に結合をした瞬間のことなんです。「クッションの綴じ目」によって括り上げられたことで、みんなのツイートは初めて象徴界に登録されることになります。

誰からも意味を与えられずに掃き捨てられる予定だったツイートが、大文字の世界に参入し何かに対して影響を及ぼし得るツイートになるということなんです。

まとめサイトが「炎上発生ハゲワロスwww」みたいな記事を公開することは、今まさに「クッションの綴じ目」が閉じられたことを、公共空間に知らせる狼煙の役割をしているのだと思われます。

この狼煙が公共空間にぶち上げられることで「クッションの綴じ目」は初めて閉じられます。「クッションの綴じ目」は、みんなが閉じられたと信じるからこそ閉じられるからです。そこには予言の自己成就にも似たような仕組みが働いています。

みなさんわたしが言ってる意味わかりますかね・・?(たぶんよくわかりませんよね・・)

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基本的に「クッションの綴じ目」を結ぶことができるのは、特別な存在だけです。

「新聞」とか「テレビ」とか「有名人」とか「権力者」とか「大金持ち」とか(そしてまとめサイトとか・・)、なにか象徴を操作する力(=象徴権力)を与えられた人の「号令」がないと、それをするのは難しいんです。

多くの無名の人々がただ「そう」だと思っているだけでは、なかなか「クッションの綴じ目」というのは閉じられないんです・・。

極端なことを言うと、世界中の人々が一人残らず物事を「白」だと考えていても、それが「黒」であると見なされ続けることさえ、あると思います。

「裸の王様」という寓話なんかがいい例です。

あの寓話では、服を着ていることになっている王様に向かって、大人たちは誰一人文句を言いません。しかし少年が「王様は裸だ!」と叫ぶことで、事態に急展開が起きます。「王様は豪勢な衣装を着ている」というクッションの縫い目がほどけて、「王様は素っ裸」という新しい縫い目に結び変えられるんです。

いったいあんな名もない少年が叫んだだけで、これほどの大転換が起きることって、ほんとにあるんでしょうかね・・?これは作り話ですけれども、ひょっとしてよっぽどの「急所」を突けば、こいうことも起きうるのかもしれません。でも現実では往々にして王様の発言の方が強いと思います。いくら「王様は裸だ!」と叫んでも、王様の透明の衣装が脱げることはなかなかないんです・・。

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なんだか意味不明すぎてヤバい文章になってきている気がするので、ここからは具体例を交えてお話しましょう・・。「クッションの綴じ目」あるいは「共同主観のゲシュタルト」に惑わされる人々の、不思議なお話です・・。

・アビリーンのパラドックス
社会心理学の分野で「アビリーンのパラドックス」という有名な話があります。

あるアメリカ人の家族が、休暇中にバカンスに行くための家族会議をしていたそうです。そこで一人が「アビリーンへ旅行に行こう」と、なんとなく提案しました。みんな内心はあんましアビリーンに行きたくなかったのですが、他のメンバーがアビリーンに行きたがってると思い込んで、その提案を採用することにしました。

アビリーンはとても暑くて埃っぽくて、あまり快適な場所ではなかったそうです。提案者を含めて誰一人アビリーンへ行きたくなかったという事をみんなが知ったのは、旅行が終わった後だったそうな・・。

・キュレーションサイトWELQ閉鎖騒動
この前、DeNAが運営しているキュレーションサイト「WELQ」が閉鎖する騒動がありました。

このサイトはウソ情報が多くて内容もパクリばっかで、そのくせ検索でいつも上位にヒットして、みんなから内心とてもウザがられていました。

みんなからウザいと思われて続けて早数年、たびたび抗議声明などもあがっていたんですが、なぜかその声が表面化することなくスルーされ続け、サイトの人気はめでたくグングンとうなぎ上り、月間7000万PVもある超モンスターサイトにまで成長することができました。

しかしあるとき、某有名人がWELQの批判記事を掲載、それをまとめサイトが持てはやして炎上騒動にまで発展。

数々の批判の声に晒されながらも、ずっと無傷を誇ってきたネット界のモンスターサイトWELQは、なぜかその一撃の炎上事件であっけなく閉鎖に追い込まれることになってしまいました・・。

・ドレフュス事件
わたしの好きな哲学者スラヴォイ・ジジェクが、以前にフランス史に残る冤罪事件「ドレフュス事件」について、考察をしていました。

ドレフュス事件とは、1894年にフランスのユダヤ人の「ドレフュス」が、スパイの冤罪をかけられて、投獄された事件のことです。

ドレフュスがスパイ容疑をかけられてしまった背景には、人々の間に根強く残る「ユダヤ人ヘイト」の問題があったといわれています。

この裁判で問われていたのは、もはやスパイの罪や裁判の公平さなんかではなくて、「フランスはユダヤ人を許すのかどうか」ということが賭けられていたのです。

いったいドレフュスは有罪なのか無罪なのか、その真偽をめぐって、フランスの世論は右派と左派に分かれて、真っ二つになりました。

事態が進展するにつれて、しだいにドレフュスは無罪なのではないかという証拠が有力になります。ドレフュスを陥れるために用意された、偽造文書などが発見され始めたのです。

この騒動の最中で、偽造文書の作成者として捕えられたアンリが、独房の中でカミソリによって自殺してしまうという事件が起きます。

右派陣営はとても落胆しました。アンリの自殺が意味するところは「自分がドレフュスを罠にはめた」と罪を自白していることに他ならないのだと、そう思えたからです。

しかし、そこへ新進気鋭の編集者「モラ」が登場し、事態をひっくり返す記事を投稿します。そのタイトルは「最初の血」というものです。

記事の内容はこういうものです。

この事件の本当の犠牲者はドレフュスではなくてアンリです。アンリのしたことは、フランスを危機に陥れようとするユダヤ人たちの侵攻を食い止めるために、自身を投げ打ってまで行った、小さな愛国的犯罪に過ぎない。彼こそは真の犠牲者で真の英雄です。この事件によって流された「最初の血」は、ユダヤ人の陰謀によって流されたアンリのものなのです。

この記事に励まされた右派陣営は勢力を結集し、世論は一気に右派陣営に傾き始めます。

モラの書いた記事は、事件に新たな証拠を付け加えるものでもなければ、事実を修正するものでもありません。ただ今ある出来事を違った側面から照らし出すように、照明の位置を変えただけです。それでも事態は絶体絶命のピンチから最大のチャンスへと180度の大転換を果たします。「クッションの縫い目の操作」というのは、このようにいつも一瞬で世界の様相を塗り変えてしまう、魔術的な効果をもたらすんです・・。

・安倍さんの支持率
前から思ってたんですけど、安倍さんの支持率ってなんだか不思議な感じがします。

安倍さんって「秘密保護法」とか「安保法案」とか「共謀罪」といった、教科書に載るレベルの超重要法案をバシバシと通しまくっていて、そのたびに国会前に人が集まる大騒ぎになるんですけども、その支持率にはあまり変化が見られません(たいして下がりもしなければ上がりもしないんです・・)

また、今期の国会で見られた野党のなりふり構わないゴシップネタ攻撃。あの攻撃に晒されても、安倍さんの支持率はたいして変化しませんでした(たいして下がりもしなければ上がりもしないんです・・)

この状態をわたしはずっと不思議に思っていたんですよね。このマジックのタネはいったいどこにあるんだろうと・・。

わたしが思うに、安倍さんというのは一種の「クッションの綴じ目」の役割を果たしている人なんじゃないでしょうか。国民たちは「他に任せる人がいないから・・」となんだかシニカルで消極的な態度を取っていますが、それはたんなる身振りにすぎなくて、最初から安倍さんを支持することを決め込んでいるんだと思います。誰が決めたのでもなく天がそう決めてしまったので、みんなそれに従っている状態なんです・・。

この状態に入ったらおそらく人は無敵です。どんな批判の材料が出てきても、みんな安倍さんの支持のための言葉に変換されるか、さもなければ黙殺されるかして、全ては収まるところに収まるからです。

しかし最近安倍さんの支持率にグラつきが見え始めているそうです。加計問題とか森友問題とかがテレビや週刊誌などで糾弾され始めて、「安倍一強」の体制が崩れつつあるというのです。

わたしはまとめサイトを運営していてよく感じるんですが、テレビとか新聞とかの「象徴権力」っぷりはやはりスゴいです。まとめサイトが束になってかかっても、マスコミの放つ鶴の一声にはとてもかないません。

裏でどんなやり取りがあったのか分かりませんが、ここ数か月くらいを境に、各種メディアが安倍さんを批判することが、解禁状態になったみたいです。

安倍さんの握っている固い結び目を解こうとするマスコミと、それを退けようとする政権側との間の究極のバトルが、今始まろうとしているように見えます・・。

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