なんで芸能人は炎上しちゃうの!?その社会的背景を考察!

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Flamingphoto by Ryan McGilchrist

最近小保方さんが瀬戸内寂聴さんと会談をして、またプチ炎上が発生してしまいましたね・・。

小保方さんがかなり上等なドレスを着ていることに注目が集まり(お値段なんと11万円!)、本の印税でしっかり稼いでいる様子がなんだか垣間見えてしまって、「けしからん!反省が足らん!」と人々から非難の声が上がっています・・。

何を隠そう私はこういう炎上騒ぎが大好きで、よくTwitterとか掲示板とかに張り付いてみんなの声を収集して回るという変態趣味を持っています。

炎上騒ぎには社会状況とか世相が反映されていて、とっても勉強になると思うんですよね。

ということで今回は最近の炎上事件を見ていて私がぼんやり思ったことを、つらつらと書き連ねてみたいと思います!

小保ちゃんはなんであんなに炎上しちゃったの?

小保ちゃんの「STAP細胞騒動」は、様々な炎上要素が詰め込まれた「炎上のデパート!」のような事件でした。

不祥事の内容もさることながら、小保ちゃんのキャラもとっても炎上の燃料に一役買っていたと思います。炎上騒動は舞台が用意されただけでは不十分で、それに相応しいキャラが用意されてないと燃え上がりませんからね。

小保ちゃんは人々の感情をかき乱してやまない「天性の煽りセンス?」を秘めた人なんだと思います・・。

人々の承認不安を刺激する小保ちゃん

小保ちゃんのSTAP細胞騒動を簡単に表現すると「ズルして成果横取り!」です。

現代は承認欲求の時代であると言われています。大昔の原始の時代は「衣・食・住」の欲望が強かった時代だと思いますが、現代人はとにかく「社会的な承認」を求めて生活しています。

私が以前2chで見たショッキング動画の話なのですが、ある貧しい国の牧場主の土地に泥棒が侵入して、牛を盗もうとしていました。

監視カメラでその光景を見ていた牧場主さんは、怒りくるって盗人に追いすがり鈍器で滅多打ちにして殺害してしまいます(私はここでドン引きです・・)。この後、この牧場主は過剰防衛の罪で捕まってしまったそうです。

食料に乏しい国では、自分の大切な資源を横取りしようとする相手に、猛烈な怒りをぶつけてそれを退けようとするんですね。食いものの恨みは恐ろしいということです・・。

一方承認を求めて止まない国では、大事な承認のリソースを姑息な「ズル」によってせしめようとする相手に、猛烈なバッシングが集中するということです。

承認の恨みは恐ろしいのです・・。

若者に追い落とされる恐怖を呼び起こす小保ちゃん

小保ちゃんは若干30歳の若さでSTAP細胞の成果を上げて、テレビや雑誌で引っ張りだこになりました。

最近の年配の人の中には、こういう才能のある若者にプレッシャーを感じている人がたくさんいると思います。

終身雇用制が崩壊して社会不安が蔓延する昨今の時代、ガンガン成果を上げて出世していく若い人に対して危機感を覚えて、ついつい出る杭は叩く的な反感を抱いてしまいがちです。

そんな相手が不祥事を起こしてズッコけたらまさに「メシウマ!」。これは相当叩き甲斐があるネタだと思います・・。

ブラック労働者の羨望を煽る小保ちゃん

ピンク色であしらわれたゆるふわ研究室で、可愛い割烹着を着て楽しそうにお仕事をする小保ちゃん。ゆるふわに見えても成果はしっかり上げていて、ノーベル賞を取ってしまいそうなほどの大発見をサクっとしてします。

この光景を見た巷のブラック労働者たちはブチ切れだと思います。

私も当時は会社に勤めていて、毎日深夜帰りで疲れきっていてメンタルは最悪でした。テレビで小保ちゃんの才色兼備で幸福度満天な仕事ぶりを目の当たりにして、自分の境遇と比較して絶句した思い出があります。

あの光景は精神的ブラクラのような破壊力があり、すっかり具合が悪くなってしまいましたね・・。

女性参画社会の不安を掻き立てる小保ちゃん

最近ネット上でよく「女叩き」の現象が見られますよね。

私入り浸ってる某掲示板でも、女性が不祥事を起こしたときに猛烈な叩きが開始されて、なんだか恐い光景が展開されることが多くなりました・・。

安倍総理が「女性が輝く社会」と銘打って女性の社会進出を進めている昨今、男性たちは女性に自分のポジションが奪われるのではないかと不安を感じて、ピリピリした雰囲気になっているのだと思いますね。

欧州でも移民を排斥する動きが盛んに起きていますし、アメリカのトランプさんも「メキシコとの国境に壁を作るぞ!」と過激な主張しています。よそ者に自分の仕事や居場所を奪われるのではないかという人々の不安は、世界中で高まっているのだと思います。

小保ちゃんはそんな男性たちの女性の社会進出に対する恐怖心を、見事に体現してしまったのだと思いますね。

バリバリ働きバリバリ出世していく高学歴理系女子、恐いですよね。私も恐いです・・。

***

これだけ見ても小保ちゃんには数え役満のように様々な炎上要素が詰め込まれてると思います。

STAP騒動の一件は、人々の間に鬱積する社会への不満・不信感・不公平感を投影するスクリーンの役割としてうってつけだったのでしょう。

政治家とかが犯した不祥事は意外とサックリスルーされてしまったりするのに、小保ちゃん問題はいつまでも取り沙汰されてしまって、なんだか可哀想ですね。

でもSTAP細胞のwebサイトを開設したり、暴露本めいたものを出したり、自分から話題を作り出してしまっている側面もあったりして、自業自得なところもあるかもしれませんけど・・。

佐野さんもずいぶん炎上した!

オリンピックのロゴ問題で活躍した佐野さんもずいぶんと炎上しました。

ネットでは毎日のように佐野さんバッシングの言葉が飛び交っていて、終いには犯罪予告まで出かねないほどの物騒なオーラが漂っていました。

この炎上についても、小保ちゃんと似た成分が含まれていると思います。やはり「ズル」によって成果や承認を掠め取る者への猛烈な反発です。

人々のあいだに、自分が日々積み上げている努力がこういう「イリーガルプレイ」によって打ち負かされてしまうことへの、強烈な不安があるのだと思います。

参照すべき成功のロールモデルが崩壊して、努力の方向性を見失いやすくなった、現代特有の不安感なのだと思いますね。

みんな悪貨が良貨を駆逐する時代になってしまうことを、恐れているのです・・。

コミュ力至上主義社会への抵抗

佐野さんにも小保ちゃんにも言えることだと思うのですが、彼らはコミュ力で世の中を渡ってきた「コミュ力強者」というイメージがあることです。

オタク的な「非コミュ」な方々は、正直この手の人達が大嫌いだと思います。

クラスの日陰者である自分とは対照的に「ウェーイ!」と楽しそうだったリア充グループ。自分は就活で何十社も会社を落ち続けているのにサクっと内定をゲットするリア充グループ。彼らを見ると数々の青春の苦い記憶が脳裏に浮かび上がって「うぉーッ!」となるのだと思います。

社会学者の本田由紀さんは現代を「ハイパー・メリトクラシー社会」であると説明しています。ハイパー・メリトクラシー社会では「コミュ力」「人柄の良さ」「機転の良さ」といった、個人の努力で身に付きにくい、人格そのものに根ざした基準で人が評価される傾向があります。こういった社会では、評価の基準が恣意的であやふやになりがちで、人々の間で不公平感・不平等感が蔓延するそうです。

炎上を通じたリア充グループへのバッシングは「コミュ力至上主義社会」に対する非リアな人々の必死の抵抗であり、ゲリラ活動の一環なのかもしれません。

オリンピック中止論が萌芽した瞬間

最近SNSで「オリンピック中止」の言葉をよく見かけるようになりました。

これらの言葉の裏には「オリンピックは上級国民が利権をむさぼるだけの行事」「オリンピックを台無しにして権力者たちに一矢報いてやる」といった、なんだか反体制的な意志を感じます。

佐野さんのロゴに大バッシングが起きたときも、私はほのかに同じ印象を感じました。「オリンピックでゴタゴタを引き起こして安部さんを失墜させてやる」といった反体制ネット民たちの意気込みがチラホラと垣間見えました。

佐野さんの炎上騒動はおそらく「オリンピック中止論」が広まった最初の契機なのではないでしょうか。

以前のネット上ではネット右翼的な言葉がたくさんありましたが、最近はこういう反体制プレカリアート的な言葉が増えてきていますね。「保育園落ちた日本死ね!」というブログも話題になりましたし。

オリンピック中止論というジャンルが確立してしまった以上、これからオリンピック関連で不祥事が持ち上がったら、ネット上で度々バッシングが展開されることになると思います。

オリンピック委員会の人たちは覚悟しておいた方がよさそうですね・・。

デザイナー・アーティストへの反感?

佐野さんの炎上模様を観測していて、ほのかに感じ取ったことなのですが、ネット民の中にはずいぶんと「デザイナー・アーティスト・美大生」といったグラフィックアート系?の人種への反感があるように思えました。

いつからこういった反感が育まれてきたのか、いったいこの反感がどこに由来するものなのか、正直まだよく分かっていない所が多いのですが、他にもこういう雰囲気を感じている人っていますかね?

佐野さんへのバッシングの中には、同業者らしき人の発言も多かったように記憶しています。佐野さんの学生時代のデッサンを持ち出して「下手糞!ここがなっていない!」と揶揄するような言葉がけっこう見られました。

同人絵師さんがライバルをコキ降ろすときにこういうことをしているのを見た事がありますが、デザイナーの人々もネット上で同じようなことをしているのかもしれません。デザイナーの人がデザイナー的なものを嫌う、ある種の同族嫌悪のようなものを感じました。

この気持ちはなんだか分かる気がしますね・・。私も時々IT関係の人にありがちな考え方が、とっても嫌になることがあります。その業界で嫌な思いをしたり落ちこぼれたりした人には、こういった同族嫌悪が芽生えてしまうのかもしれませんね・・。

また一般人の間にも、アート・デザイン系の人々に対して苦手意識を感じるところがあるのだと思います。例えば「彼氏にしたい職業ランキング」で上位に来るものの中にはたいてい「美容師」「スタイリスト」「カメラマン」「デザイナー」あたりがあります。

こういった容姿端麗でシャレオツでモテモテの職業の人々に、なんだか面白くない感情を抱いている人が急増中なのかもしれません。

最近はパッと見の印象で自分の価値を判断されてしまいがちな「見た目主義社会」だと言われています。こういうお洒落な雰囲気をまとった人種に対して、「印象操作によって不当に自分の価値を高めている」という、不公平感にも似た気持ちを抱いてしまう傾向があるのかもしれませんね。

佐村河内さんはそこまで炎上しなかった

佐村河内さんも不祥事を起こしてずいぶんマスコミに取り沙汰されましたが、脅迫状が届いたり家族に嫌がらせが及んだりするほどの、大規模な炎上騒ぎは見られませんでした。

ネット民たちの佐村河内さんに対する態度は「怒り」というよりは、どちらかというと「からかい」とか「冷笑」といったムードがあった気がします。「耳が聴こえない芝居するとかよくやるよなコイツは・・・(呆れ)」みたいな感じです。

人々の間で、小保ちゃんや佐野さんのときのような激烈な怒りが生じなかったのは、なぜなんでしょうか・・?

不遇の人は炎上しない!

佐村河内さんが演じていたのは耳が聞こえない不遇の人キャラでした。

こういう「薄幸オーラ」が漂ってるタイプの人は、世の中に鬱々とした不満を抱いてるネット民たちにとっては、特に自分の敵として映らなかったのではないかと思います。薄暗い部屋で黙々と作曲するような「むっつり職人系」の佇まいには、むしろ親近感を抱いてしまう人も多かったのではないでしょうか。

最近乙武さんも不倫疑惑で週間紙にスッパ抜かれましたが、それほど騒ぎにはならずに早くも沈静化してきていますね(ベッキーとは大違いです)。やはり「不遇の人キャラ」は炎上の対象にはなりづらいのだと思います。

炎上のターゲットとなりやすいのは「リア充」「上級国民」「ビッチ女」(言葉が悪くてすいません・・)といったネット民が目の敵にするキャラ属性を持っている人々です。

残念ながら佐村河内さんの持っているキャラは、社会への不満を投影するスクリーンとしては相応しくなかったのだと思います。

もっと高級車を乗り回したり、周りに女性をはべらしたり、いろいろヤンチャをしているところなどをすっぱ抜かれたら、事態は違っていたかもしれませんが・・。

ベッキーの炎上はどうなの?

最近記憶に新しい炎上ネタ「ベッキーの不倫騒動」です。

ベッキーの不倫が週刊誌にすっぱ抜かれて以来、出演番組やスポンサーに人々の抗議のメールが殺到したそうです。ベッキーは仕事ができない状態に追い込まれてしまい、謹慎状態を余儀なくされてしまいました。

完全にネット民たちの「逆鱗」に触れてしまった彼女は、いったい何をしてしまったのでしょうか?

女性が怒るベッキー問題!

ベッキーの炎上騒動に怒りを示していた人々は、主に主婦層が多いと聞きました。一方小保ちゃん騒動に怒りを示していた人々は、どちらかというと男性が多い気がします(私の勘ですが・・)。

炎上騒動への関心にはどうも性差があるようです。

「モラルパニック」という言葉がありますが、人は自分が心の拠り所としている価値を破壊する存在に脅威を感じて、それを排除しようとしてバッシングを開始します。炎上の性差は、男女それぞれが重きを置いてる価値観に違いがあるために、起きているのだと思います。

一般に女性は「美貌」や「恋愛関係」や「友人関係」に重きをおき、自分のアイデンティティを感じる傾向があるそうです。また男性は「仕事」や「経済力」や「社会的地位」に重きをおき、自分のアイデンティティを感じる傾向があるそうです。

ベッキーは恋愛関係において不当に「男性」を横取りした存在、また小保ちゃんは仕事において不当に「成果」を横取りした存在です。

女性は自分の夫を誘惑するような行為を、もっとも許せないと感じるのでしょうね。自分が守っている大事な家庭が、バラバラになってしまう危険がありますもの・・。

一方男性は自分の仕事の成果を奪う存在を、もっとも許せないと感じるのだと思います。自分の社会人としての誇りが打ち砕かれて、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまう恐れがありますものね・・。

責められるのは女性の方ばかり?

ベッキー騒動に対して、イギリスのガーディアン誌が批判的な記事を載せたことで話題になりました。女性側ばかり責められて、男性側が非難されないのは性差別的だという意見ですね。

確かにベッキーばかりがメディアで取りざたされて、川谷さん側を責める声はずいぶんと少ない気がしました。昔から不倫話が持ち上がったときは女性側が責められることが多い気がしますが、これはなぜなのでしょうか?

私はこのことについていろいろ文献を調べてみたのですが、なんだか納得のいく説明が見つけられませんでした・・。あえて仮説を挙げるとしたら、以下のような感じでしょうか。

***

日本には昔姦通罪というものがありました。不貞を働いた男女を処罰するという規定です。この姦通罪ですが、夫側から妻を訴えることはできたのですが、妻側から夫を訴えることはできないという、ずいぶん男性優遇的な法律でした。

昔の道徳観念では「男性はちょっとくらい不倫をしてもしょうがない、でも女性が不倫をするのはNG!」という感覚だったのでしょう。

こういう道徳観念が今も人々の心に内面化されていて、不倫のときに女性側が責められてしまう習慣として残っているのかもしれません。

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ヒトのオスは力が強く社会的な地位も強いので、メスを支配・束縛することで他のオスとの交渉を阻止する方略を取ります(配偶者防衛というやつです)。

一方メスは、オスを力で支配することができないので、他のメスを威嚇してオスの周りから排除することで、他のメスとの交渉を阻止する方略を取ります。

この本能の働きにより、女性は不倫話のときにどうしても相手の女性側を責めたくなる気持ちを抱いてしまうのかもしれません。

***

どうでしょう、こういった説明で納得感がありますかね・・?この現象とっても気になるので、何か他にいい説明を知っている人がいたら、教えてくれませんでしょうか・・。

真の心の所在をめぐる問題?

私がよくウォッチしている社会学者の宮台真司さんが、ベッキー問題について言及していました。宮台さんはこの騒動を「真の心の所在をめぐる問題」と説明していました。

昔は「浮気相手はただの遊び」「夫婦の間にこそ真の愛情がある」という感覚が一般的でした。しかし最近は「浮気相手の方にこそ真の心があるのではないか?」という不安が蔓延している時代だそうです。

ベッキーの行為は「今の夫との愛情の関係は偽物なのではないか?」「家族がバラバラになってしまうのではないか?」という主婦たちの抱いている漠然とした不安感を直撃してしまい、大変な怒りを呼んでしまったというわけです。

前にもブログに書きましたが、現代は家族関係が解体して次々と新しい形に変わっていく時代です。社会的規範から自由になり個人の裁量によって家族の形が決まる時代。こういう時代には、恋愛感情によって繋がった「夫婦」という関係が、とても脆いものに感じられてしまうのかもしれませんね・・。

まとめ!

以上、最近の炎上騒動についてつらつらと書き連ねてみましたが、どうでしたでしょうか?

ところどころでちょっと意地悪な書き方をしてしまったので、誰かに怒られてしまうかもしれませんね・・。

炎上現象には世の中の不正を糾弾して社会規範を正す良い機能があると思いますが、でもやりすぎてしまうとなんだかイジメみたいになってしまって、ターゲットにされた人が可哀想になってしまう側面もありますね・・。

加熱気味になってしてしまった空気をなんとかクールダウンさせて、冷静な議論を取り戻させる方法は、何かないのでしょうかね?

昔評論家の山本七平さんが、「空気と水」という話をしていました。

「人は場の『空気』に支配されて我を失ってしまうことがあるけども、『水』を差されると我に帰り冷静を取り戻す」

といった議論です。

私はこれを地で行ったのが峯岸みなみさんの「丸坊主謝罪事件」であったと思います。

峯岸さんが「Youtubeで丸刈りで謝罪する」というショッキングな動画をアップしたことで、日本中が蜂の巣を突いたような騒ぎになりました。この様子が海外の新聞誌で紹介されて、日本に対してたくさん批判が寄せられました。

この海外の声が「水」の役割を成していたのだと思います。

「アイドルが恋人を作ったからクビにするとか謝罪させるとか、客観的に見たらありえないぜ?」

という第三者のクールな視点によって、皆がフッと我に返ったところがあったと思います。日本人は比較的こういう海外からの意見に対して、熱心に耳を傾ける傾向があると思いますね。

まさか峯岸さんはこの展開を予測して、あのパフォーマンスを行ったのでしょうか・・?だとしたら相当な策士だと思いますね・・、峯岸さんおそるべし・・。

***

以前、精神科医の岩波明さんがネット炎上の原動力は「嫉妬心」であると説明していました。

人々が抱く社会的な嫉妬の感情、この機能を進化心理学的に説明すると

「共同体の中で資源を独り占めにしている相手に皆で圧力をかけて、資源を人々に開け渡し再分配をさせる機能」

であるそうです。

嫉妬心も使い道によっては、意外と社会の役に立つ側面もあるのだと思いますね。怒りや憎しみや嫉妬といった、一見悪そうな感情が原動力であったとしても、「正しい表現」をとればそれは「義憤」と呼ばれるものになるのかもしれません。

ではいったい何が「正しい表現」なのか?と訊かれると、答えに窮してしまうところがありますが・・。


参考サイト・参考文献:
参考多元化する「能力」と日本社会: ハイパー・メリトクラシー化のなかで, 本田由紀, 2006
参考「Downfall of Japanese TV’s girl next door highlights wider industry sexism」, The Guardian(2016)
参考「空気」の研究, 山本七平, 1983
参考「誰が何に対してそんなに怒っているのだろう」, Video News(2016)

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