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リップスティック効果(口紅効果)というのをご存知でしょうか?
「経済が落ち込むと口紅が売れる」という、化粧品業界などで囁かれている有名なジンクスだそうです。いったいこのリップスティック効果はどのような仕組みで起きているのでしょうか。
以下にアメリカの心理学者たちによるリップスティック効果についての議論をご紹介します。
目次
リップスティック効果とは?
「リップスティック効果」とは、経済が厳しい時代になると女性は「安価な贅沢品」、とくに口紅に代表される化粧品を好んで消費する、という説のことです。
アメリカの学者たちは、進化心理学的な観点から「女性は厳しい環境におかれると、優秀な男性を手に入れるために自分の容姿を飾り、魅力をアップさせるようなアイテムを求める傾向がある」とこの現象を説明しています。
ちなみに進化心理学とは、人間の心の性質を生物学的・進化論的観点から説明しようとする学問のことです。
経済の停滞によって美容に対する意識が高まる!
テキサスクリスチャン大学・ミネソタ大学・テキサス大学サンアントニオ校・アリゾナ州立大学の学者たちが、リップスティック効果に関する5つの論文を投稿しました。「経済が停滞すると女性の美容に対する意識が高まる」という内容の論文です。
彼らは次のような実験を行いました。実験の参加者として154人の大学生(男子72人・女子82人)を集めて「厳しい景気低迷の状況の中で、失業に苦しんでいる人々がたくさんいる」という記事を読ませました。
その後、参加者は男性用・女性用に分かれた6つの製品を見せられ、どれを購入したいか尋ねられます。製品のうち半分は、自分の容姿を飾り、魅力を向上させるアイテムです(お洒落なジーンズ・シャツ・ドレス・口紅・フェイスクリームなど)。もう半分は、ファッションとは関係ないもっと実用的なアイテムです(ワイヤレスマウス・ステープラー・ヘッドフォンなど)。
男性の参加者については、購入する製品の好みに特に変化は見られませんでした。しかし、女性の参加者については、より自分の容姿を飾るための製品を購入する割合が増えたのです。
論文は「景気の後退は女性の美容製品の購買意欲を増大させる傾向がある」と結論づけています。
女性が容姿を飾るのは自尊感情を維持するため?
ボストン大学経済学部の教授ジュリーA.ネルソンは、この心理学者たちの説に疑問をなげかけました。
彼女はこう語ります。
この論文では「女性が厳しい環境に置かれると、優れた男性を手に入れるために自分の容姿を磨く行動をする」と進化心理学的な観点から説明がなされています。しかしこれは少々ステレオタイプな見方なのではないでしょうか。
この実験は「アメリカの女子大学生」という狭いサンプルから得られた知見にすぎません。「パートナー求めていない女性」「年配の女性」「既婚の女性」「レズビアンの女性」といった様々な背景を持つ女性についても、調査を進めるべきではないでしょうか。
一部の女性に見て取れる傾向を全ての女性に当てはめることは、ステレオタイプ的な考え方を強めてしまうことに繋がってしまいます。
私が思うに、女性が自分の魅力を高めたいと望む傾向は、異性から魅力的に思われたいというよりはむしろ、自尊感情を維持するための行動なのではないでしょうか。
「リップスティック効果」が年配の女性にも表れるかどうか、ぜひ研究を進めてほしいと思います。もし年配の女性にもこの効果が当てはまるのなら「異性をめぐる競争原理」という説明よりも「自尊心を守るための行動」と考えたほうが、私にはもっともらしい説明だと思えます。
リップスティック効果と配偶者競争原理!
論文著者の一人であるミネソタカールソン大学の心理学者ブラッド・グリスケヴィシウスはこう語ります。
たしかに我々の研究は、主に出産可能である15~45歳の女性について行ったもので、それ以外の「年配の女性」や「出産できない女性」については調査を行っていません。
おっしゃる通り、「自尊感情」はリップスティック効果の説明にとても効果的であるとは思います。しかし、見方を変えると「自尊感情」を守るための行動もやはり、進化心理学的な側面から説明することも可能ではないかと思います
たとえばクジャクの羽についてです。クジャクに「自尊感情」があるかどうかは不明ですが、彼らが羽を誇示する動機は、やはり生物学的な競争のためなのです。
人間は、他の動物と同じように厳しい競争原理の中で進化を遂げてきました。そして、他の動物たちと同じように、進化の過程で得た遺伝的な行動様式が、私達の中に刻み込まれているのです。
我々は、リップスティック効果はある特定の文化圏の女性にだけ見られる行動ではなくて、女性全般に対して当てはまる行動だと考えます。
女性が容姿を向上させたいと思う感情、それはリップスティックという形ではなくて、別の形で表れることもあり得ます。
例えば、アフリカの国で資源の欠乏が発生したとき、女性たちは口紅を捜し求めるような行動はしないはずです。女性たちはその文化圏に根ざしたそれぞれの方法で、自分の美貌を向上させるような行動をとるのではないでしょうか。
出産ができなくなった年配の女性たちも、「リップステイックを差す」といったこととは別のアプローチで、自分の魅力を磨こうとするのではないかと、我々は考えます。
男性はどう行動する?
ネブラスカ大学リンカーン校の教授アン・マリ・メイは、男性についてもリップスティック効果と似た行動が見られると指摘しています。
彼女の研究では、経済が不況に落ち込んだときに男性の育毛剤の売り上げが伸びたことに着目しています。これは、経済危機によって男性が自らのルックスを気にする傾向が高まったためではないかと推測しています。
しかし、グリスケヴィシウスは「我々の研究では、経済不況や雇用危機と男性がルックスを気にする傾向の間に関連性は見出せなかった」と反論しています。
グリスケヴィシウスはこう語ります。「確かに男性にもそのような傾向があることは考えられます。しかし、男性はどちらかというと、自らを美しく飾る商品というよりは、自らを裕福で高ステータスな人間であるように見せる商品を買い求める傾向があるのではないでしょうか。男性が異性に魅力を伝えようとするとき、自分の容姿よりもむしろ自分の社会的地位を誇示することで、相手に訴えかけようとする傾向があるように思えます」
まとめ
以上、アメリカの心理学者が語るリップスティック効果の考察でした。
「生存に不利な危機的状況が訪れたとき、女性は自分の美貌を武器に、男性は社会的ステータスを武器にして、積極的に自分をアピールして子孫を残そうとする」ということなのでしょうか。たいへん勉強になりますね。
この議論を聞いて、心理学者マーク・R・リアリーが自尊感情について次のような話をしていたことを思い出しました。
「自尊感情とは、個人がどれだけ他者や集団から受け入れられているかを示す計量器(ソシオメーター)です。人が自尊感情を満たそうとする試みは、より社会集団に適応し、より他人からの評価を集め、より他人との協調関係を深めることによって、自分の生存に有利な状況を作り出そうとする生き物としての戦略なのです」
「魅力的になりたい!」と思ったり「周囲からデキる人と思われたい!」と思う気持ちは、自分の自尊感情を満たそうとする欲望から来るものだと思います。そして、自尊感情を満たそうとする欲望は、異性だけではなくて同性の友人や職場の仲間たち、家族たちも対象になり得ると思います。自分の所属する集団の仲間たちから評価されて、大事にされて、自分が守ってもらえそうな状況を作り出そうとする、生き物としての戦略が働いているということです。
最近お肌を気にして化粧水を使ったりする「お化粧男子」や、手に職を求めて理系に進んだりする「理系女(リケジョ)」といった人々が増えてきてるそうですが、社会の中で評価される手段もよりトランスジェンダーになり、より複雑化している傾向があるのでしょうね。
参考サイト・参考文献:
参考「Is the ‘Lipstick Effect’ Rooted in Evolutionary Psychology?」
参考「自尊感情」を関係性からとらえなおす」, 遠藤由美, 実験社会心理学研究 Vol.39, 2010