幸福の格差とテロリズム

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smallterror
photo by Colville-Andersen

最近物騒な事件が続いています。

11月のパリのテロ事件、12月のアメリカ銃乱射事件、1月のドイツの集団強盗事件。これらの事件を受けて、欧米の人々の間ではテロへの警戒感や、移民への排外的な感情が高まっているようです。

最近、国内にいる社会へ不満を抱いた層の人々が集団犯罪を犯したり、テロリストへと変貌してしまう「ローンウルフ」や「ホームグロウン・テロリズム」といった言葉が注目されているそうです。

いったい今世界では何が起きているのでしょうか。ニューヨークタイムズにこれらの背景を考察したコラムを見つけたのでご紹介します。

以下はイスラエルのジャーナリスト、デイヴィッド・ブルックスさんが書いた記事「The Age of Small Terror(小さな恐怖の時代)」です。

小さな恐怖の時代

イスラエルのテルアビブの街、人々は新年を祝いレストランで食事をしていました。銃乱射事件が発生したのはその翌日のことです。二人が死亡し、およそ五人が怪我を負いました。私はこの銃撃の話を聞いたとき恐怖を感じました。ほんの一昨日前には抱いていなかった感情です。

近年、私たちは無差別なテロの脅威に晒されて暮らしています。フランスのパリ、アメリカのサンバーナーディーノやボストン、フォート・フッドも同様です。事件が起きるその日その場所に運悪く居合わせたために、無差別攻撃の被害にあってしまうのです。手当たりしだいに降りかかってくる無差別な脅威は、我々の文化や生活に少しずつ変化をもたらしています。我々は「小さな恐怖の時代」に住んでいるのです。

イスラエルでは恐ろしい事件が多発しています。劇場や学校での銃乱射事件、ときには自爆テロ事件も発生しています。これらの事件は世界中のニュースチャンネルで報道され続けています。犯人の多くは宗教的・政治的な信念に共鳴して犯行に及びます。そこには社会的な要因の他に心理的な要因も関係しています。

イスラエルの多くの若者は親元から離れて暮らしていますが、彼らは自分で生計を立てることはできていません。こういった人々は、身寄りがないことの孤独感、居場所のなさからくる不安感から逃れるために、狂信的な思想にシンパシーを感じてしまう傾向があります。

彼らは恐ろしい事件を引き起こしますが、その行為が自分に価値を与え、存在の意味を与え、栄誉を与えてくれるものだと信じています。たとえばイスラムの一部の過激派の信仰では、テロの攻撃や集団自決は高貴な自己犠牲の行為として位置づけられています。

これらのパーソナルな理由に動機付けられた攻撃が、世界中に広がってきています。局所的に起きる小さな凶行がしだいに積み重なり、世界が大きな不安のうねりに飲み込まれつつあります。

「恐怖」は特定の対象に抱く感情ですが「不安」は対象が見えない漠然とした感情です。こういった不安により、人々は「生活が脅かされている」「社会が機能不全に陥ってる」といった感覚を覚えます。そして、人々は社会の秩序が失われ、弱肉強食のような原始的な状態に戻ってしまったと感じるのです。人々は集団と集団の間に壁を作り、よそ者を外へ閉め出そうとします。不安によって世の中から受容的な空気が失われ、互いの不信感も高まっていくのです。

こういった不安感はリベラルの精神に反した空気をもたらします(私が言っている「リベラル」は啓蒙思想における「リベラル」で、党派ポジションとしての「リベラル」ではありません)。リベラルの基本理念は「開かれた社会」「言論の自由」「平等主義」「メリオリズム(世界は人間の努力で改善できる)」といったものです。これらは、理性的な話し合いに価値をおき、狂信的な信仰を退けるものです。

リベラルの精神は長い間、我々の上に君臨する独裁者によって脅かされてきました。そして、今となっては自分たちの足元から脅かされています。アンチリベラルを標榜するポピュリストたち「フランスの国民戦線」「イギリス独立党」「ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル」「ロシアのプーチン」「アメリカのトランプ」といった面々と、それを支持する人たちです。

アンチリベラリズムの高まりは「開かれた社会」と「閉じた社会」を目指す人々の間で、重大な政治的な亀裂を生んでいます。1990年代はオープンな社会を目指し、国境をなくす運動が流行していた時代でした。しかし今では、経済圏を閉鎖する政策が支持され、他国からの移民者を規制する政策が支持されつつあります。

アンチリベラリズムの運動は、主に政治的右派の間で主張されています。以前の右派には、伝統的自由主義派の穏健な意見がありましたが、今となってはそれも衰退し、有権者たちは互いの間に壁を設け、人々の連帯を壊しかねない、強硬派の意見に拍手を送っています。今年の共和党におけるエバンジェリスト(福音派)の声はとても小さいものです。議会の中では、キリスト教精神に基づいた慈善的・寛容的な意見は見受けられませんでした。

開かれた社会がこれからも存続できるかどうかは、リベラル派の人々が強硬派に対してどれだけ理性的な説得をできるかにかかっています。強硬派の人々を説得するには、90年代的な言説「自由な選択」「人々の調和」といった態度では難しいでしょう。お茶を濁すような倫理相対主義(moral relativism)ではなくて、多元主義(pluralism)によって彼らを説き伏せる必要があります。

多元主義の社会においては、人々が自分たち固有の価値観に準じることを認めます。そして、人々をたった一つの価値観に押し込めようとすることは、危機をもたらすものとして忌避されます。多元主義の社会では哲学、信仰、民族、街、職業、趣味、嗜好、文化といった様々な共同体が存在しています。これらの共同体は、互いに人道的な観点、違いを認め合う観点からバランスを取り、調和を図りながら生活をしていきます。ここでは、たった一つの在り方しか許さない硬直したシステムは、協調的な仲間関係を破綻させ、混乱をもたらすものとされます。

「小さな恐怖」がもたらした不安は人々の心を荒廃させます。そして心が荒廃した社会においては、人々の傷ついた心・弱った心を癒す力が失われます。我々は「開かれた社会」「開かれた文化」「多元共生的なあり方」という考え方を、もう一度とらえ直す時期に来ているのはないでしょうか。「開かれている」ということは、同時にテロの恐怖を招き入れることも意味するからです。

まとめ

以上、イスラエルのジャーナリスト、デイヴィッド・ブルックスさんが書いた「The Age of Small Terror」でした。

なんだかアメリカの共和党をとてもディスっていて、日本だったら炎上騒ぎになってしまいそうな記事ですね・・。ニューヨークタイムズは大丈夫だったのでしょうか・・。

私も途中で訳していて、なんだかまずい物を書いているような気がしてきたのですが、せっかく翻訳したものだし、勉強になる内容なので公開したいと思います!

この文章を読んでいて、以前ラジオで評論家の東浩紀さんが言っていた話を思い出しました。

東さんはパリで起きたテロを「豊かさの象徴への攻撃」と説明していました。貧しい国の人々をテロ活動に向かわせるもの、それは、豊かで幸福な暮らしをしている人々に対するヘイト感情であると。日々危険に怯えながら貧しい生活をしている人々にとっては、先進国の豊かな人々は嫉妬・羨望・不公平感といった感情をかきたてるものです。テロはそういった鬱屈した感情の捌け口として機能していて、「豊かさの象徴」となる先進国の施設や人々は彼らのかっこうの標的になってしまう、というものです。

また社会学者の宮台真司さんは、日本で起きているポピュリズムについて、次のような意見を述べていました。

社会の中における共同体(家族・地域・会社 etc..)の機能が弱まり、人間関係が希薄な人々が増えてきています。こういった孤立した人々(=アトム化した個人)は、自分を守るものがない精神的な丸裸の状態に等しく、不安に陥りやすい傾向があります。こうした人々がメディアの「感情の釣り」に引っかかって、デマや暴論を鵜呑みにし、対立煽りに乗せられ、ポピュリズム的な扇動に流されてしまっているというのが、今のポピュリズムの現状です。現在人々の間で起きていることは「知性の劣化」ではなくて「感情の劣化」である、ということです。

社会へ不満を抱く人々がテロや犯罪行為に走ってしまう「ローンウルフ」や「ホームメイド・テロリスト」といった現象も、国内の豊かさの格差・幸福の格差が生んだヘイト感情が元にあるということなのでしょうか。そして、これらの攻撃によってもたらされた不安感によって「排外的な雰囲気」「相互不信感」「応報的敵対感情」といったものが広がり、さらなる感情的劣化・イデオロギーの対立・ヘイト感情の増大をもたらしてしまう。まさに負の連鎖、ダウンワードスパイラルに陥ってしまってる構造がありそうです・・。

前に2chの書き込みでとてもよい言葉がありました。「人々の間に現状に対する不満が鬱積してるのにそれを打破するビジョンが与えられないと、人々は無目的に現状を攻撃し破壊することに力を使い始める」といったものです。

なにか幸福の格差を解決するための良いビジョンがあれば、豊かな人々も貧しい人々もその目標に向かって共に手をとりあい、団結することがあるのかもしれません。しかし、そんな妙案は一体あり得るのでしょうか、いや、ないでしょうな・・。


参考サイト・参考文献:
参考「The Age of Small Terror」
参考wikipedia「ホームグロウン・テロリズム」
参考wikipedia「ローンウルフ」
参考デイ・キャッチ 宮台真司×東 浩紀 「パリの緊急事態、、どう考える?(プラス)2015.11.20」

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コメント

  1. 小川 より:

    家族主義こそ失われた人間本来の姿とビジョンであると思います。

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