なんで人はメディアに怒るの!?

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mediaphoto by Lab Puppy “Nala”

こんにちは!ネット炎上ウォッチャーのもです!

最近ネットを見ていて思うのですが、なんだかテレビとか新聞とかを相手にした「メディアを叩く系」の炎上が、とっても増えてる気がするんです!

例えば、この前フジテレビが科学ミステリー番組の中で「月は自転をしない(キリッ)!」と放送してしまった事件とか、共同通信の記者が民家の壁にドンッ!とキックをかましてしまった事件とか、三ツ矢サイダーの危険なCMが取り下げになった事件とか、毎日たくさん「メディアの不祥事」にツッコミを入れる事件が発生しまくっているのです!

こういう出来事を見ていると、ひょっとして人々はメディアに対して何かとっても「怒っていること」があって、その気持ちがときどき炎上事件という形でドバッと噴出しているのではないかと、そんな風に感じてしまうことがあります!

いったい人々はメディアの何に対して怒りを感じ、ツッコミを入れたくなってしまうのでしょうか・・?そしてメディアに対してツッコミを入れることとは、いったい何を意味するのでしょうか・・?

今回はなんだかちょっぴり疑問に思ったこんな話題を、じっとりと考えてみたいと思います・・。

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基本的にメディアはデフォルトでみんなから「叩かれる」存在であるといえます。

メディアは「第四の権力」という異名をとるほど、とっても権力のある存在なのです(立法・行政・司法を見張る役目をする権力ということです)

そして世の人々が気を付けていることは、メディアを始めとしたこういう「権力」をもった存在が、好き勝手なことをやらかさないように、常に「監視」をしなくてはいけないということです。

「もし変なことをしたら総ツッコミを入れて叩きまくってやるぞ!」と凄みを効かせることによって、彼らの暴走を食い止めているのだということです。

特にネットが誕生してからは、自分たちで情報発信できる「フェイスブック」とか「ツイッター」みたいな媒体を持てるようになったので、「メディア」を叩く作業はとってもやりやすくなったと思います。

ネットの普及によってメディア叩きが盛んになるのは、しごく当然の流れなのだと思います・・。

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最近のメディアはとっても「劣化している」と囁かれています。

テレビは「視聴率至上主義」と言われ、ネットは「PV至上主義」と言われ、とにかくモノを買わせたり広告をクリックさせることが「第一目標」になっていて、肝心の放送の中身が空っきしになっていると文句を言われています。

メディアはお金儲けをするために、みんなの不安を煽ったり、お祭り気分の高揚感を演出したり、とにかく人々の感情を掻き立てるような、あの手この手の動員戦略を仕掛けてきます。

そして以前もブログに書きましたが、近年の人々は自分の「感情の働き」とか「価値判断の働き」といった内面の大切な部分を、メディアに明け渡している側面があるといえます。

人々は分かっていてもついついメディアの罠に引っかかって「感情的動員」にノセられてしまう傾向がある。

人々は自分たちの弱みに付け込む「あくどい心理操作」を仕掛けてくるメディアに、自己嫌悪まじりの怒りの感情を覚えている可能性があると思います。

これはまさに自分の「主体性」が侵害されることに対する怒りだと言ってよいでしょう。

近年人々がメディアの失態に厳しいツッコミを入れるようになってきたのも、そんなメディアの「動員戦略」に反感をおぼえて、「NO!」を突き付けたい気持ちが、その背景にあるのかもしれません・・。

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以前ブログに書いたことなんですが、最近世の中では「男性 vs 女性」とか「若者 vs 老人」とか「右翼 vs 左翼」みたいに、人々がいろんな旗印のもとに集団を作り、敵対的対立の構えをとることが多くなってきました。

昔は「日本人」という大きな括りでなんとか一体の形を成していた人々が、現在仲間割れを起こし、分裂し始めているということなんです。

その昔哲学者のルソーが言っていたそうなのですが、ある共同体が分裂せずにまとまりを作れる人数というのは、およそ「二万人」が上限なのだそうです。

日本の人口は「一億二千万」ですが、わたしたちがこれ程までに巨大な共同体を作ることができたのは、人々の間に大規模な「共通了解」を形成することができる、「メディアの魔術」があったからこそなのだと思います(メディアには強烈に人の意思を統一をする力があるのです・・)

そして最近になって、その「メディアの魔術」の効力がどうも限界を迎えてきたらしく、国民国家という巨大な集団がボロボロと崩壊して、無数の「小さな集団」に分裂するケース増えてきているのだということです(なんだか最近流行りの「ツイッター」と「マストドン」の関係が思い起こされますね・・)

孤立分断した無数の「小さな集団」の中は、まるで自分の家のように居心地がいい空間なのかもしれませんが、しかしネガティブな側面もあると思います。「人々の間に集団を超えた共通了解がない」ということからくる相互不信感・社会的不安のような感覚が、蔓延しやすい傾向があるのです。

そしてこういう「公共への不信感」「社会的不安感」に晒された時代にしばしば犯人扱いされるのが、「政治」とか「メディア」というものです。

人々は「メディアの魔術の失墜」と「共同体の崩壊」が同時進行に進んでいるのを目の当たりにして、まるでメディアがしっかりと機能をしなくなったために、共同体が分解の危機に瀕しているような、そんな感覚をおぼえてしまう可能性があると思います。

つまり一言でいうと、「世の中が悪くなったのはメディアのせいだ!政治のせいだ!」とフィンガーポインティングをして非難しがちな傾向が、こういう時代には起こりがちだということです(でもメディアや政治が悪いというのはあながち的外れではなくて、たぶん半分くらいは当たっている気もしますが・・)

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上記のように、「共同体の崩壊とその社会不安」をメディアのせいにするタイプの怒りもあると思いますが、その逆のタイプもあり得ると思います。

それは「小さな共同体」の成立が妨げられることの怒りです。

近年ポコポコと生まれている無数の小集団は、独自の旗印の下に集い、独自の共通了解によってつながった集団です。そしてこれら小集団たちは、現在倒れつつある「大きな旗印」が居座っている王座をめぐって、覇権争いのバトルロワイヤル、「王座争奪頂上決戦」を繰り広げている最中にあるといえます(「男性と女性」「若者と老人」「右翼と左翼」などが入り乱れて覇権戦争をしている状態ということです・・)

そして、テレビや新聞といった「大手メディア」たちは、その魔術が弱まってきているといっても、まだまだ巨大な力を秘めている存在です。SNSやまとめサイトといったウェブメディアの影響力は、こういう「大手メディア」に比べたらまだまだ「こつぶっこ」です。

小集団たちにとっての「大手メディア」というは、もし自分たちの味方側について援護射撃をしてくれたならば大変心強くて頼りになる存在ですが、もしライバルである相手陣営側につかれてしまったならば、自分たちに大打撃を加えかねない大変な脅威であり、討ち倒すべき最大・最強の敵です。

もう喉元まで出かかっているので言ってしまいますが、このことを具体的に言うならば、リベラルな報道ばかりする「大手マスコミ」と、ネットを暗躍する「右翼な方たち」の関係を見ると、この構図は分かりやすいです。

ネット右翼な方たちは、リベラルな報道ばかりする「朝日新聞」が大嫌いで、リベラル知識人ばかり発言の場を持たせる「テレビ」が大嫌いで、その中でも「韓流」をヨイショしていたフジテレビが大嫌いなのです。

もしこういった左翼メディア(?)がちょっとでも「ボロ」を出したならば、決死の猛攻撃を仕掛けて相手にダメージを与えようとするでしょう。

「小さな共同体」の住民たちが、自分たちの大事な居場所を護るために見せる帝国への必死の抵抗運動、絶対に負けられない戦いがそこにはあるのです・・。

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